仕事は順調だ。友人も多い。周囲からは「気遣いができる」「優秀な人」と評価されている。
それなのに、ふとした瞬間に強烈な「空しさ(Futility)」に襲われ、消えてしまいたいと思うことはないだろうか?
まずは、以下の項目を見てほしい。
- LINEの返信を一通送るのに、何度も書き直して20分かかる。
- 飲み会の後、「あの発言で嫌われたかも」と一人反省会をして眠れなくなる。
- 「何が食べたい?」と聞かれると、相手が食べたそうなものを答えてしまう。
- 自分の本音がわからず、まるで人生を「演技」しているような感覚がある。
もし当てはまるなら、あなたは狂ってもいないし、単なるHSP(Highly Sensitive Person:繊細さん)でもないかもしれない。
あなたは、生き延びるために「道化」を演じるしかなかった、悲しき生存者なのだ。
今回は、イギリスの小児科医・精神分析家ドナルド・ウィニコット(1896 – 1971)が提示した、「偽りの自己(False Self)」という概念を使って、あなたの虚無感の正体を暴いていく。
今回の記事について、理論は概ね以下の論文を参照している。おもしろいのでぜひ読んでみてほしい。
参考
D・W・ウィニコットの情緒発達理論と精神分析(中野明德,2019)別府大学大学院紀要
目次
1. 「いい子」という名の呪い:有馬公生とクリスタ・レンズ
この苦しみを理解するために、2人の有名なフィクションのキャラクターにご登場願おう。なぜなら、彼らの姿は、あなたの写し鏡かもしれないからだ。
■『四月は君の嘘』の有馬公生
私がブルーレイディスクを購入するほど好きな青春音楽アニメの傑作、「四月は君の嘘」をご存知だろうか?
この物語の主人公は、母の死をきっかけにピアノが弾けなくなった元天才少年・有馬公生(中3、14歳)である。

(出典:https://www.kimiuso.jp/character/)
彼は厳格な母の期待に応えるため、機械のように正確なピアノを弾き続けて「ヒューマンメトロノーム」と呼ばれた。
幼い頃の母というのは自分の生殺与奪を握っているような、絶対的な存在である。
だから少年は母に殴られても笑って耐えた。そうしなければ母との絆が途切れてしまうという恐怖(というかほとんど生命にの危機)があったからである。
彼の音楽には「自分」がいなかった。母のための演奏、つまり「偽りの自己」で完璧に武装していたのだ。
■『進撃の巨人』のクリスタ・レンズ(ヒストリア・レイス)
もう一人、「進撃の巨人」に登場するクリスタ・レンズというキャラは、序盤では目立たず、ユミルというキャラにくっついているだけに過ぎない、誰にでも優しく女神のように振る舞う、常に「いい子」であった。

(出典:https://shingeki.tv/season1/character/#6)
だが、その正体は、誰からも愛されなかった過去を埋めるために、「誰かのために死ぬこと」を望む空っぽな少女だった。
ユミルは彼女を見抜き、こう言った。
ユミル
どうして自分の人生なのに不毛感や非現実感があるのか? 冷めた視線で世界や環境を見てしまうのか? 物事にアツくなれないのか?
彼・彼女らは単なる「嘘つき」だろうか? “自分”を持たない弱い人間に過ぎないのだろうか?
違う。そうではない。
彼らは、過酷な環境を生き抜くために、自分を殺して適応した「優秀なサバイバー」なのである。
「偽りの自己」を介した世界との接触では、生き生きとした、生の手触りみたいなものが得られないのだ。
2. 理論編:なぜあなたは「空気を読む」のか?
有馬公生にしてもクリスタ(ヒストリア)にしても、どこか現実に対する諦めというか、生きていることの充実や実感から遠いところにいるような感じがしている。
では、なぜこのような人格が形成されるのか?
ウィニコットよれば、その原因は乳児期の「環境の失敗」にある。
これは要するに、世界が自分を受け止めてくれなかった、という初めての挫折である。
どういうことか? 以下で詳しく見ていこう。
「破滅」からの防衛
当然だが、生まれたばかりのヒトの赤ちゃんは、無知無能で、自分一人で生存することができない。それゆえに母親による適切な育児(抱えること Holding)によって、「自分は守られている」という安心感(存在の連続性)を得る。
しかし、親自身に余裕がなかったり未熟であったりして、赤ちゃんの欲求を無視したり、逆に親の都合を押し付けたり(侵害)したらどうなるか?
赤ちゃんは、「破滅(annihilation)」の脅威に晒されることを本能的に直感することになる。
それは単なる死ではない。自分という存在がバラバラに崩壊し、霧散してしまうような根源的な恐怖のはずである。喩えるなら、宇宙空間に命綱なしで放り出されるような恐怖、とでもいうべきだろう。
この恐怖から逃れるため、赤ちゃんは悟る。
「自分の欲求(本当の自己)を出してはいけない。お母さんの機嫌を取り、環境の一部にならなければ、僕は消滅してしまう」
こうして、自分の「自発的な身振り」を封印し、親の表情を読んで「服従(Compliance)」することを選ぶ。
これが「偽りの自己(False Self)」の誕生だ。
つまり、あなたが異常に「空気を読む」のが得意なのは、あるいは周囲の人間関係に過剰に適応できてしまうのは、優しいからでも、性格が良いからでもない。
母親という絶対的な“環境”が突き付けてきた「破滅の恐怖」から自分を守るために、必死で作り上げた防衛システムなのである。
3. 診断編:あなたは今、どの「段階」にいるか?
ウィニコットによれば、「偽りの自己」は「本当の自己」を防衛し保護するために構築されたものとされる。
その防衛機能は以下の5段階に分けることができる。
あなたは今、どの段階にいるだろうか? あるいは近いと思うだろうか?
| 1.極端な場合 | 「本当の自己」が完全に隠れ、偽りの自己が「実在の人格」として振る舞っている。本人は虚無感に苛まれているが、周囲は気づかない。 |
| 2.あまり極端でない場合 | 「本当の自己」を秘密にしている。潜在的な能力として隠し持ち、秘密の生活(趣味など)の中でのみ息をしている。 |
| 3.健康へ向かう場合 | 偽りの自己が、「本当の自己」を出せる場所や相手を必死に探している。 もし見つからなければ、本当の自己が破滅するのを防ぐために、自死を選ぶ危険性がある。(ここを理解するためには、「人間」における「自己」が生物学的な生命=身体にあるのではなく、「自我」にかかっているのだ、ということを知る必要がある!) |
| 4.さらに健康へ向かう場合 | 礼儀正しさとして偽りの自己を使っているが、内面では本当の自分と繋がっている。 |
| 5.健康な場合 | 「偽りの自己」は上品で礼儀正しい社会的態度をもつ人格構造で示される。それによって、「本当の自己」では獲得し維持することができないような、社会のなかの場所をもつことができる。 |
多くの「生きづらい人」は、レベル3にいるのではないだろうか。
あなたの内なる執事(偽りの自己)は、あなたを乗っ取ろうとしているのではない。
傷つきやすい「本当のあなた」を受け入れてくれる場所を、必死に探し回ってくれている「けなげな世話役(Care-taker)」と考えられるのである。
4. 分析編:成功するほど「虚しい」理由
ここでひとつ、おもしろい事実がある。それは、社会的な立場を持つ人の中に一定数、深刻な「偽りの自己」を構築している者がいる、ということである。
なぜ、社会的成功者ほどこの病(感情を切り離し、論理と機能に特化する能力)に冒されるのか?
精神分析理論によれば、知能が高い人ほど、「知性(Mind)」を偽りの自己の隠れ家にする。
身体的・情緒的な「辛い」「嫌だ」という実感を無視し、
「これは論理的に考えて仕方がない」
「相手にも事情があるのだから」
と、頭だけで処理(合理化)してしまう。
これを「知性化(Intellectualization)」と呼ぶ(防衛機制の一種)。
少し専門的な表現をすれば、感情や身体感覚を直接体験する恐怖から逃れるために、それを抽象的な概念や論理に置き換えて処理する。
知能が高いほどこの「論理の城壁」は強固で隙のないものとなり、誰も(自分自身でさえも)その論理を崩せなくなる。
企業のトップ、政治家、著名な学者など、社会的地位が高くなればなるほど、その人間に求められるのは「個人の感情」ではなく「機能(Role)」となる。
「今日は悲しいから決断できない」
「腹が立ったから会議に出ない」
という「本当の自己(生の感情)」は、社会的成功の階段を登る過程で最大の障害物であろう。
つまり、出世競争や社会的評価のシステム自体が、「感情を論理でねじ伏せ、期待された役割を完璧に演じられる人間(=高度な偽りの自己を持つ人間)」を選抜して上に上げる仕組みになっているのである。
したがって、ピラミッドの頂点に近づくほど、そこにいる人間は「演技の達人」ばかりになる確率が統計的に高まる。
その結果、あなたの中の外交担当である「偽りの自己」は完璧に仕事をこなし、称賛される。
だが、称賛されればされるほど、内面の孤独は深まる。
成功の規模が大きくなるほど、世間が見ている「虚像(偉大な人物)」と「実像(傷ついた子供のままの自己)」のギャップは広がる。
世間からの称賛が大きければ大きいほど、「彼らが拍手しているのは私ではない」という疎外感は深まり、孤独はより致命的なものとなる。
愛されているのは「演技している偽物」であって、隠されている「本当の自分」ではないからである。
周囲が偽物を愛するほど、本当のあなたは「自分はここにはいない」という絶望(Futility)を深めていく。
(私がここで思い浮かべるのは太宰治である。)
5. 解決策:外交官を休ませ、「一人でいる能力」を取り戻せ
では、「生の実感を得られない」「人生に手触りがない」「自分の人生なのにどこか他人事のように感じる」という病をどうすればいいのか?
大丈夫。「偽りの自己」を捨てる必要はない。それはあなたを守ってきた功労者だ。
必要なのは、「主導権の奪還」と「自発性のリハビリ」だ。
① 「一人でいられる能力」を育てる
ウィニコットは、成熟の指標として「一人でいられる能力(Capacity to be Alone)」を挙げている。これは、物理的な孤独ではない。
「誰か(信頼できる他者)と一緒にいながら、一人でいることができる」という体験のことである。
例えば、赤ちゃんは母親がそばにいる安心感があるからこそ、母親を気にせず一人遊びに没頭できる。
安全な基地(心の拠り所)があなたの行動力を担保する。
あなたに必要なのは、この体験のやり直しだ。
- カフェや図書館で他人の気配を感じながら、自分の好きな本に没頭する。
- SNSで緩やかに繋がりながら、自分だけの映画を見る。
「誰かに見捨てられる恐怖」を感じずに、自分の世界に没頭する時間。これこそが、本当の自己が息を吹き返す瞬間だ。
そのための「シェルター」として、Audible(オーディブル)のような「聴く読書」は最適だ。
なぜ紙の本ではなく、オーディオブックなのか? それは「人の声」による読み聞かせこそが、幼少期に得られなかった「親からのケア」の代替になるからだ。
耳元で優しい声で物語を語られる体験は、脳にとって最高の『抱っこ(Holding)』になる。
参考 Audible(Amazonのオーディオブック)Amazon② 「自発的な身振り」を許す
赤ちゃんの頃に封印した「自発性(Spontaneity)」を、小さく取り戻そう。
誰かの期待に応えるためではなく、「ふとやりたいと思ったこと」を実行するのだ。
- 帰り道、急に歌いたくなったら小声で歌う。
- 「疲れた」と思ったら、床に寝転がる。
- 食べたくないものは残す。
それは、あなたの中に芽生えた欲求でありながら、過去にはあなたの内なる母がそれを掬い取ってくれなかったものかもしれない。それを無視せず、「いいよ」と叶えてあげること。
それが、あなた自身が「ほどよい母親」になり、自分を育て直すということなのである。
6. 結論:今日から少しだけ「不機嫌」になろう
「偽りの自己」を健全な程度に治療していく過程では、必ず「強烈な依存(甘え)」が出現する。
今まで抑圧してきた分、誰かにベッタリと頼りたくなる時期が来るだろう。
それは恥ずかしいことではなく、あなたが人間性を取り戻し始めた証拠といえる。
だから、恐れずに「いい子」をやめよう。
世界に対して、少しだけ不機嫌になろう。
もしそれで離れていく人がいたら、それは「あなたの演技」しか愛していなかった人だ。
逆に、不格好で、弱くて、どうしようもない「本当の自分」を見せても側にいてくれる人がいたなら、その人こそが、あなたの人生に必要なパートナーだ。
もう十分演じてきたはずだ。
もし舞台が窮屈ならばそこからから降りたっていい。あなた自身の人生を生きよう。
それではまた。
